オーディオ評論家の麻倉怜士先生にインタビューさせて頂きました。

麻倉怜士先生インタビュー

2009年9月23日 麻倉先生御宅

今回、リアルサウンドラボ社の音響パワーイコライザ「APEQ-2pro」を2年前よりいち早く ご自宅のリスニングルームに導入頂いているオーディオ評論家・麻倉怜士先生の ご自宅を訪問し、「APEQ-2pro」及び音響パワーイコライザ技術「CONEQ」について インタビューさせて頂きました。

1.導入前のオーディオシステムについて

・JBLのK2・s9500スピーカーを1992年に導入しました。それからかなり長い時間が 経っています。このスピーカーを鳴らし切るのはほんとうに難しく、最初は定評のある マークレビンソンのメインアンプを使用していましたが、いまひとつでした。 何か力が無いんですね。いろいろ試して最後に真空管アンプ845プッシュプルを 導入したところ、素晴らしい押し出し感があり、豊潤なサウンドが得られ、これに 落ち着きました。

・しかし、長く聴き込んでいくうちに低域の量感はあるものの、輪郭感や切れ味が もう少し欲しいなと思うようになりました。38センチウーファーのバーチカルセンター 使いなのでマッシブな音は出るのですが、だけど、もう少しシャープネス階調感、 繊細な音が欲しいと。

・ずっと改善したいと思っていましたが、なかなかうまくいきません。中高域はスーと 延びて気持ちが良くて解像度が高いのですが、もっと低域とのバランスが欲しいと 常々思っていました。

2.APEQ-2pro導入について

・そんな時、2007年末にReal Sound Lab USAの朝日氏からメールをもらいまして、 興味を持ちました。ただ、メールの時点では何か良く分かりませんでした。 「これは何だ?」という感じでしたね。(笑)

・しかし、実際このAPEQ-2proを導入した時は驚きました。最初にビックリしたのは、 低域は量感がたっぷりあるが、明瞭度や速度感が追いついていないことが 感覚的ではなく、測定的に明確に把握出来た事です。感覚的には分かって いましたが、どれくらい具体的にモヤついていたのかを数値で正確には掴んで いなかったですね。それが実際にAPEQ-2proの使用前・使用後で聞いてみると、 差分として明確に把握でき、得心しました。

・使用後では、低域のスピード感、質感、階調感、輪郭感などが非常に立ってきました。

・導入後の今から考えますと、これまで中高域が早くて、低域が結構遅かったですね。 高域と低域の音調とスピードが合ってきました。これまでは低域の量感がたっぷり 過ぎたことに対しいろいろ直すようにしていましたが、なかなか難しかったです。 今回の導入でこの問題はほぼ解消されたと思いましたね。

・一次反射や定在波、拡散音場などのルーム・アコースティックの問題が発生している というのは以前から分かっていました。かといって、この部屋からそうした問題を 取り去るのは難しくて、正直諦め掛けていたところがありました。

・今回まず導入前の素の特性をマイクで計測してみると、かなり低域が持ちあがって いました。中域にはピーク&ディップがあって高域は早めに落ちていましたそれが 部屋の要素を入れたスピーカーの音の特性でした。

・補正してほぼ周波数特性をフラットに近い状態にすると、鮮度、全帯域における 解像度が上がり、本当に使用前使用後ではこんなに違うのか、と正直驚きました。 使用前の時も素晴らしいスピーカーだとは思ってはいましたが、ルーム・ アコースティックの影響を抑制することによって、スピーカーの本来の姿が出た のでしょう。やはりかなり部屋の影響を受けていましたね。

3.聴感上のテイストも盛り込んだ更なる補正

・一方、最初に設定してもらった時には、確かに特性上フラットになっていたが、 低域の量感が出過ぎていたところを抑えたということで、その意味で若干 聴感的にハイ上がりに感じました。中高域が優勢になったという感じです。

・その後、アプリケーションのアップデートなどの際に、今度は低域の抑制を緩めて 高域の拡散音場の調整などを行い、今では非常にバランスが取れた音になりました。 中高域の伸びが自然になったのです。さらに低域のしっかりとしたタイトな量感も 得られています。

・この辺が面白い点だと思うんですよね。つまり、スタジオ向けの機器なので フラット志向のイコライザーではあるけれども、最終的にフラットではない方が 良いかもしれない。理論的な目標値とは別に聴感上の要素を入れることも簡単に 出来るので、フラットをベースにして、更にそこから追い込むことが可能なのが 良いですね。

・低域の量感、切れ味が良くて、中高域の伸びが出てバランスがしっかりしました。 よく聴くホリー・コールの「I Can See Clearly Now」を再生した時に、最初のベースの 立ち上がり、全帯域におけるスピード感など素晴らしくなっていることが感じられました。

・すごいと思うのは、信じられないほどバンド数が多く、全帯域で精密な補正が できるということですね。イコライザーというと全帯域で10バンド程度が一般的な イメージですが、APEQ-2proの数千バンド(4096tap)というのは、既にイコライザーの 概念を超えています。そこまでの細かさがあれば、細かいディップまでチェックして 補正ができるわけです。

4.スタジオ使用からハイエンドオーディオへの展開

・今まで不可能と思われていた部屋の影響、ルーム・アコースティックを除去する 事が出来るということは、逆に加えることも出来る訳です。我々は通常、ルーム・ アコースティックの中で生活している訳で、完全に取り除いてしまうと無響室の様に なってしまいこれはこれで物足りないのです。ある程度の心地の良い定在波が あった方が良いこともあると思います。つまり、ある程度追い込んでルーム・ アコースティックを加減する事で自分に対する最適なF特に追い込むことも可能です。

・今の段階ではこの製品はスタジオ用という事ですが、スタジオははじめから 音響対策をしているので、ある程度出来たところで、更なるファインチューン 出来るという使い方だと理解しています。

・しかし、むしろそのような対策をまったくしていない一般家庭の2chやマルチ チャンネルリスニングでは効果が跳びぬけて大きく、ニーズが高いはずです。 今後はマルチチャンネル化して民生向けにも製品を出して欲しいですね。

・部屋は第2のオーディオ・コンポーネントなんです。しかし、機器を買い換える ことは簡単に出来たとして部屋は無理です。だから部屋というコンポーネントを どのように上手く鳴していくかがとても重要になりますね。

・これまで、コンポーネントを変える、ケーブルを変える、電源を変える というようなグレードアップの工夫はたくさんありましたが、部屋に関する アクセサリー機器は吸音用など一部に限られていました。できることといえば、 部屋の乱反射をなくす為に、家具の配置を変えるということぐらいでした。

・唯一AVアンプには自動音場補正機能がありますが、それはマルチ チャンネルでのスピーカーの特性を揃えることに主眼が置かれ、ルーム アコースティックを是正するところまではいっていません。

・しかも、スピーカーの持ち味をスポイルするのではなくて、生かしつつ部屋の 問題を直せるなら素晴らしいことですね。これまでもDSPでスピーカーの F特を変えるという技術はありましたが、多くはDSP臭さ、デジタル臭さが 出てしまい、スピーカーの持ち味が損なわれてしまう危険性がありました。

CONEQはデジタルの塊のような構成ですが、聴感上のカラーレーションは たいへん少ないと思います。K2がまさにK2らしい音で鳴っています。

ハイスピードで、音場の見通しも良くて、輪郭がはっきりしているというJBLの 持ち味を維持したまま、ルームアコースティックの影響を低減することで、 JBLが、さらにピュアなJBLの音で鳴るようになったのが凄いですね。 これがスタジオでうけている理由だと思います。

・一方、そのような点はまさにオーディオファイル向けだと思います。 これには期待しています。

・イコライザーという製品にはカーブを作って、それに強制的に何が何でもそれに 当てはめてしまうというイメージがあり、導入すると何でもかんでもイコライザー 機器特有の色をつけ、悪さをするという通念がありますが、CONEQには そのような色は感じられません。1を入力したら、1が出力されるというリニアリティ 感覚がとても濃い。つまり、いい意味で存在感が無いんです。 機能はしっかりと働いていますが、スピーカーをスポイルしないでスピーカー 本来の持ち味をきちんと出しています。

・その意味ではこれはいわゆるイコライザーではないと思います。コンポーネントの 持ち味を生かしながら、部屋の悪影響を取り除くことが出来る、つまり音の インフラストラクチャーの改善機器だと思いますね。

5.ラトビア発の最先端技術

・この機器が開発されたストーリーも興味深いですね。ソ連崩壊後に、それまで 蓄積されたデジタル技術とノウハウを元にし、ラトビアでこのような技術と製品が 開発されたという物語も面白いと思います。完全なトップダウン型開発ですね。

6.民生機器、そして日常の音の音質改善の展開に期待

・まずはスタジオ機器として開発されましたが、この基本技術は薄型テレビにも 転用できるはずです。テレビの音がどんどん悪くなっている中で、アコースティックを 最適な形に、F特と位相を直すのはは最近の薄型テレビに非常に有効だと思います。

昔はブラウン管テレビが主流だったので、それなりに容積があったのですが、 最近の薄型テレビは薄くなればなるほど音も薄っています。もう悲惨な状況で、 もちろんF特は低域が無いし、中域はピークディップだらけし、高域も無いし、 本当にひどい状況です。

CONEQは、そんなひどいディップでも補正できるわけで、これらの問題をかなり改善 できると思います。テレビに搭載されているDSPでこの技術が実現できればTVの音が 革命的に良くなることは間違いありませんね。

・せっかくこんなに素晴らしい技術が存在するのであれば、これをスタジオなど 限られた場所だけでのみ使われるのはもったいないと思います。

今やほとんどの人が日常的にきく音というのはテレビの音であり、つまり 「テレビの音⇒日常の音」な訳で、これを改善することはまさに社会的な責務 なのではないでしょうか。CONEQはDSPソリューションで実現出来るわけで、 今後はリアルサウンドラボには是非その面も追求して欲しいと思います。

・もっと突っ込んで考えますと、社会の音、例えば駅、電車の中のアナウンスの音は、 F特的に言うと、狭帯域であり歪んでいて聞きにくいですよね。本当はこれら公共の 音には明瞭度が一番重要なわけですから、CONEQのような技術が導入されれば 明瞭度は驚異的に良くなるはずです。メッセージの伝わり方も格段に良くなる。 スタジオを出発点にして、家庭に入る、つまりテレビやラジオなどの製品に入って、 さらにはそのような「社会の音」も改善していく。つまり、広義の意味のPublic Addressの 質を直していく、それも単純にスピーカーを変えるのではなくて、信号処理的で 変えていく。社会的なニーズというのは絶対にあるはずです。そういうインフラの 音を快適な音へ変えていくという点においても、CONEQのこれからの展開が 非常に楽しみです。本来は民主党がマニフェストに入れても良いぐらい。(笑)

麻倉怜士先生プロフィール

1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。日本経済新聞社、プレジデント社 (雑誌『プレジデト』副編集長、雑誌『ノートブックパソコン研究』編集長)を経て、 1991年にデジタルメディア評論家して独立。

自宅の専用シアタールームに150インチの巨大スクリーンを据え、ソニー 「QUALIA004」やBARCOの3管式「CineMAX」といった最高級プロジェクターと、 ソニーと松下電器のBlu-rayDiscレコーダー、パイオニアのBDプレーヤーで、 日々最新AV機器、コンテンツの映像チェクを行っている、まさに”映像の鬼”。

オーディオ機器もフィリップスLHH2000、LINNの CD12JBLのProject K2/S9500など、 世界最高の銘機を愛用している”音質の鬼”でもある。音楽理論も門分野。 現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす 「日本画質学会で副会長という大役を任され、さらに津田塾大学の講師(音楽史、 音楽理論)まで務めるという”3のワラジ”生活の中、精力的に活動している。

著書

・「ホームシアターの作法」(ソフトバンク新書、2009年10月15日発売) ・究極のテレビを創れ! ~感動に挑む絵づくり職人たち (テック・ライブ! 2009/9/5) ・オーディオの作法 (ソフトバンク 2008/11/15) ・絶対ハイビジョン主義―これからが楽しいテレビ生活 (アスキー 68 2008/6/10) ・やっぱり楽しいオーディオ生活 (アスキー 2007/5/10) ・イロハソニー―ブラビアイロノヒミツ (日経BP企画 2006/12) ・松下電器のBlu-rayDisc大戦略 (日経BP社 2006/12/7) ・久多良木健のプレステ革命 (ワック文庫 2003/12/10) ・「ハイビジョン・プラズマALIS」の完全研究 (オーム社 2003/9) ・DVD‐RWのすべて―ディスク・レコーディング時代の本命 (オーム社 2000/11) ・ソニーの野望―デジタル・ネットワーク制覇を狙う! (IDGジャパン 2000/4) ・DVD‐RAM革命―これが21世紀の巨大ビジネスだ! (オーム社 1999/3) ・ソニーの革命児たち―「プレイステーション」世界制覇を仕掛けた男たちの発想と行動 (IDGコミュニケーションズ  1998/10) ・シャープの超発想法―ヒット商品を続出させる”三大法則” (企業頭脳の研究)(ごま書房 1996/03) ・DVD―12センチ・ギガメディアの夢と野望 (オーム社 1996/7) ・目の付けどころの研究―シャープの躍進を支えた12の戦略に学ぶ (ごま書房 1994/10)